SEOを商売にする企業の本質,どう使う?SEO会社

SEOコンサルティング・ソリューションサービス提供社のビジネスモデルⅠ

2013年06月15日 ネズミ1号:略称「T」
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そもそもSEO・SEMっていつ頃から言われるようになったのか?

事業会社のインハウスSEOを担当する人にとって外部SEO会社とは必ずといっていいほど付き合う機会があるはずです。昔に例えるとメーカーや企業がプロダクツやサービスを展開する上で電通や博報堂を使うのに似てますね。ただひとつ違うのは、電通や博報堂はお金の力で自社のプロダクツやサービスを消費者に広く知らしめ、世論を操作するようなことまでやることができたのですが、Googleの場合そうは行きません。少なくとも近年はそういうお金の力でオーディエンスを欺くようなことはできなくなりつつあると言っていいと思います。



SEO・SEMが語られる前のインターネットの世界

10年ぐらい前だったでしょうか?私はとある大手代理店にちらっといた事があったのですが、その当時インターネット広告はまだま数百億もないような感じでした。インターネット博覧会が2000年に開かれ、日本もブロードバンドを推進するぞーと政府がお金をバラマキはじめたのを今でも覚えています。ちょうどそんな時DSL戦争なるものがはじまりました。きっかけはソフトバンクだったと思います。YahooBBというブランドで、DSLというメタルブロードバンドをおもいっきりダンピングして販売しはじめたのでした。今までインターネット広告というと怪しい金融やちょっとエッチなのがメインでまだまだナショナルクライアントは・・といご時世でしたが、そんな流れの中、天下のNTTが動いたんですね。いきなり年間予算30億とかをネットに投入してきたんです。この頃オーバーチャーだの、ダブルクリックなど広告配信業者やA8などのアフィリエイト企業も食えるようになってきたのかなぁと個人的には考えています。当時の日本では、まだクロスレコメンドなんてのもなく、トラフィックを上げたいのならYahoo!Dirへ登録できるようにサイトの差別化をしなきゃぁという感じでした。

ネットを検索すると、Yahooディレクトリに登録されるには?ネットサーファーにポジティブにアピールする方法は?ってHOWTOサイトばかりが目立ったと思います。
ネットワークが太くなり、いろいろなサイトやコンテンツが生み出され、Webログなるものや個人でECなどもできるようになりました。当時は楽天もまだ旧森ビルで人の入れ替わりの激しい会社だったように思います。

当時検索サービスというとポータルサイト。オンラインマーケティングにおける純粋なオーガニック流入はまだヨチヨチ歩き...

この頃はまだSEOという概念はなかったと思います。逆に私などは、検索エンジン自体を開発するプロジェクトなどもやっていましたが、Googleの他にもNTTレゾナントの日本版検索エンジン(goo)やたしか東芝系列のフレッシュアイ(当時はECサイトなどを得意としていたような記憶があります)それからAltavista、Lycosなどさまざまな検索サービスがありました。いずれもディレクトリー型だのロボット型など言われていて、サイト構築という観点でこうしたポータル型検索サイトへどう登録し、露出を増やすかということに重きをおかれていたと思います。当時は、SEO会社などはなく、SIPS(Stragetic Internet Professional Service) と呼ばれたホームページ構築ベンダー兼コンサルティング会社なるものがこのセクターの対応をしていたように思います。SIPS企業が提供していたサービスは、具体的には、構築するサイトを企業の顔、サービス窓口としてサーバーから、データベース、インフラ、サイトアーキテクチャー、ユーザービリティ、UX、CRMなどまでトータルでコンサルしてシステムからサイト構築まで受注するとったモノです。
こういうとカッコいいですが、簡単にいうと億単位のプロジェクトをもらうために、分厚いプレゼン資料、RFPを作成して提案していたという事です。
その当時を思い出すと、CM枠にhttp://・・・・とホームページURLを乗せるといったことようやくできるようになり、更には、CMなど既存媒体上で、詳しくは○○と検索系やオーガニックというとYahooディレクトリーにどうやって登録してもらえるかが、重要成功要因(CSF)だったと思います。

日本では今でもトラフィック王者はYahoo!Japan。
Yahoo!Japan以外のポータルモデル(検索エンジン)が廃れ、残ったのがGoogleだった。

これは個人的な見解でもありますが、当時検索というと日本ではポータルサイトがそれでした。ポータルサイト各社ではなかなか広告モデルが成り立たず、あの天下のYahoo!でさえ、一株1億以上ついていた当時、社長の井上さんは1円でもいいから、USERからお金をとれ!って焦っていたんです。ネットワークの外部性という言葉がありますが、当時それを実践したのがYahoo!でした。成功したのがYahoo!オークションで、数百万人から確か300ぐらい強制的に課金するようにしたんです。次にYahoo!がトライしたのが韓国では流行っていたアバターの日本導入です。当時Yの経営企画室の人とアバター導入についてmtgしたのを今でも覚えています。アバターはもう皆さんご存知かとおもいますが、洋服や髪型を変えたい人は10円とか20円お金をはらうというモデルだったんです。これはしっかりこけたと言えますが、そういう強引な手段で数百億のP/Lを演出できたのは当時から圧倒的なトラフィックを有していたYahoo!Japanだけでした。
そういう意味では、今でも実はGoogleよりもYahoo!の方がトラフィックが多いのです。GRCなどで順位のあがりかたなどウォッチしているとまずYahoo!から変動することにお気づきの方もいることでしょう。それは同じエンジンを使っていても、Yahoo!側からのトラフィックが圧倒的に多いため、そちらの方がデータが先に反映されていると私は解釈しています。(最近alexaなどで厳密に検証していませんので間違っていたらごめんさい)

そうして気づくと検索と呼べるものがいつしか唯一Googleだった!というのが私の知見です。

マーケットを支配するものがルールメーカー。
そして生まれたSEO・SEMマーケット。そして語られるようになったSEO・SEM。

マーケットを支配すると誰もが自分のルールでプレイヤーを支配しようとします。SEO・SEMという言葉が出てきたときはGoogle仕様にサイトをオプティマイズしましょう!という流れが出てきた時期だったと思います。

そもそもGoogleのアルゴリズムはページランクというスタンフォード時代に創始者が論文で発表したHITS理論を改善し実装したサイトやページの価値をスコアリングするプログラムで、その計算を大規模なサーバー郡、それもお高いサーバーではなく、PC/AT互換機なる安いサーバーをグリットコンピューティングとう技術を駆使して瞬時に計算出来る仕組みを作り出した事が当時としては画期的でした。十数年前Googleで検索することのメリットは結果がとにかく早い!という印象が強かったと思います。

HITS(Hypertext Induced Topic Selection)理論とは何かというと、(詳しくは「検索エンジンの本質」をご覧ください)別名ハブ・オーソリティ理論とも呼ばれていましたが、簡単にいうと、ハイパーテキストという仕組みで成り立っているウェブサイトやページは、その仕組み上、ページを構成するコンテンツ上から重要な事項や参考にした情報元など別のページから引用という形をとってリンクを張っているということがはじまりでした。もっとわかりやすく言うと重要な情報元や知識や教典となる権威ページはいろいろな人から引用されるものだ(リンクを貼られているものだ)また逆に、便利な情報源や知識の源、教典などあらゆる使える情報ソースを参照している(フォワードリンクを張っている)ページはハブとして優れたページであるはずだという基本的な概念が発明されたのです。

Googleのページランクは、インターネットのリンク構造についてこの基本概念をベースにページやサイトホストの価値についてスコアリングするための計算方法を再現したものなのですね。

ただ、残念ことに、Googleが支配者となると、その裏で、Googleのウラをかいてやろうとその理論や実計算方法についてどう欺いてやろうかという輩が出現するのは資本主義の道理だとも言えますね。

そう、こうしてビジネス(マーケット)を作ったのがSEO会社だったんです。

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